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人間の根源的欲求を満たすネット
なぜインターネットの登場で、メディアは最終的にソーシャルメディアに向かうのか。それは、情報発信するということが人間の根源的欲求であり、インターネットはその欲求を満たすことができるからだ。学生時代に興味本位でマルクス経済学の授業を受けたことがある。その内容の多くはほとんど記憶していないが、今だに覚えていることが1つある。それは、人間はなぜ生きて、働くのか、に対するマルクスの答えだった。
マルクスによると、人間は「表現」「評価」「つながり」の3つの喜びを得るために働くのだという。1つ目は自分の思いを表現することの喜び。例えば、リンゴ農家がおいしくて安いリンゴを作りたいと願い、思い通りのリンゴを作ることができたとき、リンゴ農家は大きな喜びを得ることができる。リンゴという農作物を通じて、この農家は自分の思いを表現するわけである。
そしてそのリンゴは安いので多くの人の手に渡り、食べた人から「おいしい」と評価される。この評価は、リンゴ農家にとって大きな喜びになる。
さらに、評価してくれた人たちや同じ思いを持つ他のリンゴ農家との付き合いが始まる。「つながり」の喜びだ。
もしマルクスの言ったことが本当なら、双方向通信が可能なインターネットは、この3つの人間の根源的欲求を満たすのに最適の仕組みということになる。そしてその仕組みの特性を生かし、3つの欲求を満たすことのできるメディアが成功するのは当たり前の話である。
そう考えれば、従来型メディアや、従来型メディアをネット上に乗せただけのデジタルメディアが、いずれソーシャルメディアにシェアを奪われるのも当然の流れといえる。
(中略)
実はウィキペディアはスタートから1年間ぐらいは、まったく情報が集まらなかったといわれる。ところが、過去の書き込みをすべて記録でき、誰がどのような情報を提供したかが分かる仕組みに切り替えてからは、莫大な情報が集まるようになった。自分の知識や情報を出し、そのことに対する評価が得られ、ほかの参加者とも交流できるようになってから、飛躍的に情報が集まるようになったのである。「表現」「評価」「つながり」の喜びを得ることができるような仕組みが整ったことで、成功したわけだ。
つまり、3つの喜びを得ることのできる仕組みをうまく構築することができれば、どのような分野でもソーシャルメディアが成立するのではないだろうか。わたしはそんなふうに考えている。
時事ドットコム:湯川鶴章のデジタルてんこもり (via syoichi) (via loopdrive) (via junkyokohama) (via tofubeats) (via kondot) (via donca)
どうみてもスターゲイト。古代日本にゲイトがあった説。
via wassr - giorno
規模の違いはありますが、似たようなグラフのアクセス集中を経験したことがあります。その時は攻撃だと思いましたが、違いました。(リンク元のサイトにアクセスが集中してて、そこからこぼれてきただけ) - Fake
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